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"猿来庵"は亡父のコラム名に由来しています。
自営の金物店での日々の話題を綴っています。


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幕末・維新のキーワード
[20100628]
「龍馬伝」を見た翌日は幕末ネタです。
時の権力者:徳川慶喜から云わせると
「幕末という時代は多くの成り上がり者を産み出した」事になります。

彼らを成り上がらせた力は新しい「世界観と時間軸」でした。
鎖国によって保たれてきた徳川幕府の平穏は水圧で崩壊するダムの如く
膨大な情報と技術を持った異文化によって崩れて行きました。
但し、この崩壊は単なる外圧による崩壊ではなく外圧に耐えうる為の
「成上り者達」による破壊からの創出であった事は幸運でした。
当時日本を垣間見た異国人(ペリー等)は日本人の持つ
今まで制圧した東南アジアにはない・独自の文化性を認めていました。

佐久間象山・橋本左内・横井小楠・吉田松陰・勝海舟・坂本龍馬等の
異文化を飲み込み・消化・分解・吸収しそれを栄養とまでしてしまう
「成り上がり者」がいた事は日本を西洋の属国とさせない防波堤でした。

徳川慶喜からすればなぜ?その能力を持つ者が幕内にいなかったのか
残念で仕方なかったかもしれません。私思うに有能な幕吏であった
小栗(忠順)上野介も、閉鎖的な幕府内に活躍の場は少なく、維新後は
その才能を生かすこともなく政府役人によって審議なく処刑されてしまいました。

黒船来航から戊辰戦争までのわずか16年という時間は
憂国の志士の犠牲を糧に300年にわたる徳川幕府のダムを
崩壊させ明治という海に日本を乗り出して行きました。

幕末・維新のキーワードは「成り上がり者」かもしれません
2010-06-28(Mon) 11:14 日記 | TB(0) | コメント(0) | 編集 |

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